文化と共に技術の伝承も減少
寺院で僧侶が読誦や礼拝を行う際に区切りの合図として鳴らす。
一般的に「おりん」と呼ばれる仏具をご存知だろうか。
かつて仏壇はほとんどの家庭にあり、その仏壇の隣に必ずその「おりん」はあった。
澄みきった美しい音色を響かせるそれは、極楽浄土の仏様の耳に届くといわれている。
人々の邪念を払い、仏様や先祖への供養の心を「おりん」の音に重ね合わせる。
その時間が尊いものだった。
そして、その美しく豊かな音色を響かせるためには職人の個性によって委ねられる。
金属の板を均一に伸ばし丸みをつけるため、ただひたすらに金槌で錫(すず)を1日中叩き続けること3ヶ月。
ようやくおりんの形が完成する。
しかしその後が肝だ。濁りのない澄んだ音を響かせるために、音を鳴らしては叩き、音を鳴らしては叩きを繰り返す。大きさ、形状、厚み。わずかな差によって音色や余韻は変わる。その仕上げの調音はただ職人の感覚のみだという。
僅かな手元の狂いが響きに影響する繊細な作業だ。
時代は変わりゆき、ライフスタイルや住環境の変化により、寺院を訪れる数も減り、仏壇が置かれている家も少なくなった
当然、おりんを手がける職人の数も減少し、
今ではおりんをつくることを生業にしている職人は日本に10人もいないそうだ。
「つくる場面がなければ技術も継承することはできません。」
そう話す島谷氏は、数少ないおりん職人の一人だ。
カタチは変われども変わらない想い
島谷氏は寺院に置かれている大きなおりんを代々作る家庭に生まれた。
しかし、冒頭でお伝えしたように、日本のライフスタイルなどの変化により、暮らしに身近であったおりんは今私たちの生活から遠ざかっている。
そんな中現在島谷氏はおりんづくりの技術をもちいて、新たなものづくりに挑戦している。
自由自在に形を変えることのできる、
わずか薄さ0.75㎜の錫の器「すずがみ」だ。
「すずがみ」はおりんのつくり方と同じように、錫(すず)を金槌で叩き強度を保つことで器が完成する。
まるで紙のように薄くて自由に曲げて使用することができる錫の特性を最大限に活かした
器で、現在国内外から注目されている。
伝統工芸の枠にとらわれない新たな発想から生まれたすずがみ。
しかしあくまでも「すずがみをつくるのはおりんの伝統を守るため」島谷氏はそう話す。
おりんづくりが減少しても、その技術や感覚を絶やさないために、何ができるか考え生み出されたアイテムが「すずがみ」なのだ。
カタチは変わらないが変わる用途
昨今、「すずがみ」の追い風に加え「おりん」に新たな需要があると島谷氏は話す。
海外の方々が、先入観が全くない中その元々の用途や捉われず、音色の美しさやリラックス効果に気づき、瞑想やヨガの時に使用するために購入しているというのだ。
日本人は最初からおりんは仏具の道具という目で見てしまっているので、そんなところにニーズがあるとは思いもしなかったが、もともとの寺院でのおりんの役割も邪念を取り払い自分の心を落ち着かせるというものだった。そう考えると、今の生活にあった新たな用途と言えるのかもしれない。
長年の修行により希少な技を受け継いだ熟練のおりん職人が金槌を持って叩き続けることで形を成す「おりん」と「すずがみ」。
用途や形は違えど、職人の技術と想い、そして魂がそこには受け継がれている。