銀器
東京では江戸時代から銀を用いて器などの生活用品や、様々な装飾品が作られてきた。
前回に引き続き、その伝統の技を今日にも受け継いでいる有限会社 日伸貴金属の上川宗達氏に、お話を伺った。
前回はその歴史的背景を中心に紹介したが、今回は「銀器職人としての仕事とその魅力」を中心に紹介していきたい。
なぜ職人は道具づくりから始めるのか?
小学生の頃から、家族で営んでいる日伸貴金属を継ぐことを望んでいたという宗達氏。
彼が弟子入りを許されたのは18歳のときであった。幼い頃から銀器制作が身近な存在であり、他の兄弟も銀器をつくり、各々の個性を活かした作品を生み出している。
その工房には様々な工具/道具が整然と並べられているが、驚くべきことに、それらの工具は全て自分たちでつくったものだという。銀器を制作する際には、当金(あてがね)という、鉄を任意の形に加工したものを使用し、当金と金槌で挟む方法で銀のシートを叩いていく。
この当金は銀器の形を作る上で非常に重要な道具となっており、こちらも自前で鍛造する。

「当金を嵌める木は山で採ってきたものを切って、削って使っています。職人になっても、最初は銀に触らせてもらえません。まず行うのが銀器を作るための道具、当金づくりなんです。作りたいものを作るためには、どのような形の当金が必要なのか。自分で考えてイメージし、それを作っていくことから始まります。」
見せていただいた道具は古いものでは祖父、初代宗照の代から使っているものもあった。
自分たちで鋳物も溶接しているが、道具の方が銀器よりも高くなってしまうこともあるそうだ。
外観からは普通の家に見えるが、工房では実に多くの工程が行われていることに驚かされる。
銀器はこのように道具作りから始まり、たくさんの工程を踏んで完成するが、そんななかで東京で作られる銀器の魅力を尋ねてみた。
「銀というのは天然の素材で一番、人間に近い素材だと言われています。叩くと強くなり、研くと光る。放ってしまうと美しさが失われる。それは人間でも同じことだと思います。人間に近い素材を使っていることが面白いですし、飽きることがない。」

最年少で伝統工芸士の資格を取得した宗達氏。
銀器がこれからも使われていくためには、技術だけでなく、自分が人にその魅力を伝えていく必要があると考えているそうだ。
人に伝えていくうえで、より説得力を増していくためにはどうしたらよいのかと考えている彼の言葉には説得力があり、自然と話を聞いている側にも銀器の楽しさが伝わってくる。
銀器だけでなく、道具や仕事に対する姿勢。それら全てに強い信念と意図があることを感じさせてくれた。
日本古来から受け継がれている伝統工芸の技を用いて創意工夫をこらし、作り手から使い手へ心を伝える作品や商品を製作・販売している有限会社日伸貴金属。宗達氏は東京銀器の祖、初代平田禅之丞から11代にわたり技を継承し、父である上川宗照は現代の名工・伝統工芸士・黄綬褒章作家として活動中。
https://www.nisshin-kikinzoku.com/